2015.08.12 Wednesday

Jimi Hendrix / First Rays Of The New Rising Sun

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    肉料理とジミ・ヘンドリックスをめぐる旅

    誕生日プレゼントに何が欲しいか?と言われるとわたしは迷わず「生肉」と答える。
    それほどに肉が好きだ。ことに生肉、けものの血のたぎるようなジビエならなおさらだ。
    草食の鹿さんは雑菌もなく刺身でいけるそうだ。狩りをした暁には刺身でいきたいものだ。






    肉をかたまりで焼く鉄板料理といえば我がB食倶楽部の定番だ。
    夏のグルメには欠かせない。つけ合わせて一緒にグリルするフレッシュ・フルーツやドライフルーツが酸味と味わいを肉に与えてくれる。
    今回のものは豚の肩ロースを熱した鉄鍋で。表面を焼き付けた後ほどほどに待って熱を入れる。もちろん中はレアだ。
    豚にはしっかり火を通さなくては危ない、といった根強い都市伝説があるがジューシーさと柔らかい食感、そして少しばかりの血なまぐささを残すため中身は赤身がかっている状態で仕上げるのが
    B食倶楽部流だ。
    付け合わせは味のついていないドライ・マンゴーだ。肉全体に甘みが広がるとともに肉汁を吸ったマンゴーはポテトのようで美味だ。







    ジミ研究

    さて滋味研究は続く。ジミの晩年の作品と言われるしろものは数多くあるが死の直前のこの時代の作品が一番驚異的だ。自分のスタジオを設立したとのことで初期と比べれば音が格段に良い。サイケデリックのきらめきの時代を通過した落ち着いたロック、ビートルズでいえば「アビーロード」のような、味わい有りクオリティ高しの名作。エフェクターではなく音楽的なアイディアの具現化でトリップさせる。しかも楽曲もアレンジも粒ぞろいに完成されつくしていて飽きない。ロンドン時代のはさすがに御約束感というか時代を感じるが、こちらは時空を越えて永遠にフレッシュ。

    この頃のライブもやはりフリーキーではあるがトリッキーなパフォーマンスが音楽的表現として、奏法として確立されていっている。
    活動中期、ウッドストックにおけるギターでの爆撃音表現は
    政治的パフォーマンスが音楽表現に完全に昇華され歴史的金字塔ライブとなったがそれはともかく火をつけたり破壊したり、または歯で弾くという初期の行為はパフォーマンスとしての政治的意味合いが強い。

    理想のメンバーを得ての晩年のライブでは右手で細かく、おなじみトリル奏法の持続音を生みながら服のびらびら含めた左肘で指版をたたき擦りフリーキーなノイズを挟むといった破天荒のような器用な、クリエイティブ技へと微妙に変化しているのが興味深い。もはや擦る符割や顔が、パッションのほとばしりといったたぐいの青臭いものではなく前衛音楽家としてやりきっているといったたたずまいへの変化だ。

    後期ジミは、歩くアートであると同時に音楽家としての魂を伝えている。









     
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